仮面ライダーという企画

仮面ライダーという企画

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「仮面ライダー」の企画は、プロデューサーの平山氏によって1970年初頭に書かれた企画書「マスクマンK」が最初期案と言われている。
この企画書では「自分も仮面をつければヒーローになれる」という児童の願望という箇所、、主人公・九条剛が普通の体育教師で鍛錬によってヒーローの力を得ているなど、当時流行していたスポーツ根性もの-タイガーマスク-の影響が強い内容であった

71年1月、石森章太郎は「もっとグロテスクなリアリティのある奴にしたい」として、自身の作品の髑髏をモチーフにした仮面のヒーローである「スカルマン」をこの企画に応用した「仮面ライダースカルマン」のキャラクターを提案。
しかし、「モチーフが髑髏では営業上の支障がある」との意見が出され、企画はさらなる検討を求められる事になった。

非常に落胆した石森だったが、その後50枚以上のデザイン画を描いた。この中に加藤マネージャーの持ち込んだ昆虫図鑑のバッタをモチーフにしたデザイン画があった。
バッタのデザイン画を毎日放送に持ち込んだところ、当時の副部長は髑髏でなくなったことで安堵したものの、庄野部長は「バッタって、握れば潰れるあのバッタですか?」と非力な昆虫をモチーフにすることに異議を唱えた。
平山Pは「バッタは小さいから強く見えないだけで、昆虫の跳躍能力などが人のサイズになれば強いものになりますよ」と説得した。
加藤が「子供でも描けるわかりやすさ」として黒板に仮面を描くなどして、最終的に認められた。

2010年11月17日|

カテゴリー:一号